木漏れ日の散歩道

小鳥が囀り、小川がせせらぐある森の中、木漏れ日が誘うその奥に、ひっそりとたたずむ小さな祠。そこに座ると光が賑わい、楽しそうに躍動し始める至福の一時をあなたに

「実るほど頭をたれる稲穂かな」 ~あらゆる人から学ぼう~

この題名の意味、わかりますか? 辞書には、「稲が実をつけるほど穂がたれ下がるように、人も学問や徳が深まるにつれ謙虚になるさま」とあります。

「謙虚さ」というと、みんなは上からの命令に素直に従うこと、というイメージがあるのかもしれません。ですが、私の言う謙虚さはそんなものではありません。自分の価値を認めた上で人を尊敬することです。自分の価値を認めずに人を尊敬するのは、「謙虚」ではなく「卑下」です。それは「劣等感」を生み、「嫉妬」を生むものです。

 

ある生徒Aの話です。彼は発覚したタバコの所持を認めず、他人のタバコだと言い張り、彼の担任と二人で指導しているとき、私と言い合いになったことがありました。私に向かって「なに上から目線でモノ言うとるんじゃ!あぁ?お前は何様じゃこら!」と、体で制する担任の肩ごしから目を血走らせて、今にも飛びかかってこようとしているAに対し、私も顔を近づけて「オレはただの人間じゃ、お前とおんなじ未熟な人間じゃ!」と言うと、Aはしばらくしてイスに座り、大人しくなりました。その後「どうせオレの言うことは信じんのやろ、お前らの好きに処分したらええやん。」と自暴自棄になるAに、「1時間半や、昨日の夜、お前の将来について定時制の先生全員でどうすればいいか、本気で考えた時間や。この狭い定時制で、みんながお前の担任みたいなもんや。お前が納得してないのに処分はできん、みんなそう言ってくれるから、今もう1回話しとるんや。」そうやって話を進めていくと、どうもそのタバコは本当にAの物ではなく、友人のもので、その友人は次に見つかると退学処分にもなりかねないような生徒であることもわかってきました。Aは、自分が嘘つき呼ばわりされてでも、その生徒を守ろうとしていただけ、ということもわかってきました。

 

その生徒がすぐにキレる原因は、自分は認められない、価値がない、という劣等感の裏返しです。自分の価値を信じられていれば、もっと別のやり方もあったでしょう。でも私もそんなAを疑って、彼の意見を信じられなかった自分の器の小ささを思って、すまなかったと、でも最後の最後で信じられて良かった、と感じ、彼から大切なことを学びました。そしてまた人が好きになりました。

自分だけが正しいという思いは、必ず人を傷つけます。パナソニック創始者松下幸之助さんはこう言います。「一方では『これで十分だ』と考えるが、もう一方では『まだ足りないかもしれない』と考える。そうしたいわば紙一枚の差が、大きな成果の違いを生む。」この「まだ足りないかもしれない」と考える姿勢が、自分を謙虚にし、相手に価値を戻し、いろんな人から学んでいく機会を与えてくれるのかもしれません。

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